腰椎椎間板ヘルニアとの付き合い方その⓵

桜も散り始め…

こんにちは。ベーシストの岸徹至です。つい最近2026年になったかと思っていましたがいつの間にか本日は4月も12日。関東地方は冬が終わっていつの間にか暖かいを通り越して

“暑い‼️”

とすら感じる気候になっております。皆さま、いかがお過ごしでしょうか?今年はゆっくりとお花見をする暇もありませんでしてが…仕事場の途中の桜を楽しむ事は出来ました。

3月末の神田川沿いの桜
今通っている日本青年館近くの桜

2026年初頭、再び訪れたヘルニアとの戦い

2025年末から2026年2月くらいまではヘルニアとの戦いでした。2012年に腰椎椎間板ヘルニアと診断されて手術を受けて…その後は

“プール歩行”

がとても腰に良い事を知ってジムに通ってトレーニングをはじめてからはほとんど腰痛にほ悩まされる事もなくむしろ「手術前より健康になったかな?」と安心を通り越して

“油断”

があったのだと思います。2025年12月初頭、ミュージカルバグダッドカフェの富山公演に向かう途中に立ち寄った長野県の「戸隠神社」で腰に違和感を覚えたものの…逆に長年の腰痛の経験から

“この程度の腰痛ならストレッチ、運動を増やせば治る”

と判断した事が良くなかったのかも知れません。その後、時間が取れなかった…という事もありますが病院に行かずなんとか痛み止めを飲んで過ごした結果、年明けの2026年、病院でMRIを撮っての診断は

“腰椎椎間板ヘルニア”

でした。再びのヘルニアとの診断。それも以前手術した場所の下にある椎間板が神経を圧迫しているということです。原因は特定出来たものの…手術をするほどの症状でも無いのです。とはいえ2025年年末から2026年2月の前半くらいまでは自由に歩ける…という状況でも無く…

“痛み止めを飲んだら普通、たまにちょっと痛い”

“たまに足が痺れる”

と言った症状でした。かつてのように足先の麻痺こそないものの…痛みと戦う日々には違いありません。

“またこの日々か…”

と思いつつ…それでも過去の経験があるからこそ乗り越えやすかった面もあったかと思います。そんなわけであまりしっかりと語った事の無かった2012年のヘルニアの症状をお話します。

以前の手術の時は…

話は遡って2012年。この時の腰痛の症状は…

“立てない、歩けない”

でした。這うようにしてトイレに行き…飛び出した椎間板の一部が神経を圧迫している事から真上を向いて寝るのが激痛で…体をくの字に曲げてまるでエビのように体を丸めて寝る…そんな日々でした。そして何より深刻だったのが…

“足先の麻痺”

でした。前述の通り身体を動かせないので常に痛みがおさまる事を祈って寝ている日々。なので自分としても判断が遅れたのですが…気がつくと右足の足首付近に力が入らないんです。持ち上げないと足先が上を向かない。これによって歩けない事が加速していきます。ただ毎日寝ていますからそこまで症状に気がつかないという事と…それを認めるのが怖いので

“いや、寝過ぎて筋肉が落ちただけ…”

そう思いたかった…という気持ちもあったかと思います。手術が必要な申告な状況などでは無く…

“酷いギックリ腰が続いているだけ”

こう信じたかったのだと思います。

医師の診断は…

どうしようも無く動けない日々でしたがどうしてもキャンセル出来ない仕事が迫って来ました。なのでなんとか動けるように松葉杖を出してもらう為に病院に行きました。松葉杖って簡単には貰えないんですよね、病院の処方がいるとか…。そこでたまたま出会った整形外科の先生に本当に感謝しています。

通っていた病院は所沢市内の大きな病院で整形外科の先生も何人もいらっしゃいます。僕が最初に出会った先生は

“まぁ湿布出しておきますから2週間くらい様子を見て下さい”

としか言ってくれません。まぁ確かに腰痛って“大きな手術か痛み止め”くらいしか対処方が無いのも確かです。結果、良くもならずにむしろ悪くなって10日ほどが過ぎたタイミングだったのですが…その日たまたま診察して下さった先生に救われた…と今でも思っています。最初に腰の状況、そして足先の動かなさを診察したその先生は慌ただしく

「MRI、緊急で取れる?順番飛ばしても良いから!」

みたいな感じで普通なら予約待ちのMRIを緊急で撮ってくれました。結果は…

“腰椎椎間板ヘルニア”

でした。それも足先が動かないというのは結構深刻な事態だったようで…

「即入院、即手術」

と診断されました。結果…あれよあれよという間に入院、手術。麻酔が切れて病院のベッドで目を覚ました時に…感動しました。

“上を向いて寝れている…”

何を当たり前の事を…と思われるかも知れません。手術までの2週間、エビのように身体を丸めて寝る日々だった事を思うと…それだけで感動だったのです。

リハビリは容赦無く!

そんな感動も束の間…リハビリは容赦ないものでした。まぁそれが早い回復のための第一歩だったのですが…。

手術後の体からまだ管も取れてない状況で

“歩く”

事を強要されるんですね。トイレももちろん歩いて行くしかありませんし…何より一日数十分

“歩行具”

というものに頼りつつですが歩くんです。手術の傷が治るより早くどんどん歩く…こうゆうものか…と思いつつおかげさまで予定よりかなり早く退院できました。

手術が無事に終わったとはいえ右足の麻痺は全然残っていました。これをトレーニングするのにもまた一苦労でした。感覚としては

“耳を動かす”

あんな感覚です。耳、動かせる人ってたまにいますよね?子供の頃、それを見て憧れて(きっと誰もが似たような経験、あると思いますが)真似してみるものの動かない。なんかもどかしいけど動くのは頬だったり首やら喉やら…耳と関係ない場所が動いちゃう。そんな感覚、味わった事あると思います。

僕の右足首もそんな感じでした。下向きには動くけど上に上がらない。もどかしいけど力を込めてもほんの少ししか動かない。

ただ耳よりも楽なのはかつて動いていた事。そして左足首は動くのでそれを参考にしながら動かせた事。

最初のうちはタオルを引っ掛けて右足首を無理あり持ち上げて

“動く動作を無理やり体に染み込ませる”

こんな日々でした。それでも徐々に神経が動かし方を思い出してくれた様子で段々と左足首の半分くらいの動きまで戻って来ました。

幼稚園児に追い越される

そして外を歩くことも退院後のリハビリの大切な項目でした。手術前の事を考えたらとても幸せな事です。そして買い物なんてことも久しぶりにしようと所沢の駅前に出かけて行ったわけですが…

“人よりゆっくりしか歩けない”

そうなんです。やはり退院後一週間程度、リハビリを頑張ってるとはいえ…まだまだ体は元に戻っていません。大人の歩くスピードに負けている事は当たり前として…幼稚園児の集団に負ける…というのはなかなかショックでした。自分的には全力で歩いているのに…です。とはいえそんな期間も1週間ほど。半年もすれば

“喉元過ぎれば熱さを忘れる”

と言った具合で気づけばかつてのように歩き、時には走り…お酒を飲む事も普通になりました。良くいえば健康を取り戻したわけですが…悪くいえば

“怠惰な生活に逆戻り”

をしたわけです。そして手術から約一年後、再び感じた腰痛の痛みと共に頭を掠めたのが

“再発”

という言葉だったのですが…長くなりましたから続きはまた今度!

最後までお読みいただきありがとうございました!

話が長くなったのでせめて花の写真を…
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3 hours ago

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