今でもわからない“音楽を仕事にする”という事

家族があなたにしてくれたポジティブなことを教えてください。

家族が自分にしてくれた事を思い出そうとすると…ほとんどがポジティブな事しかありませんでした。まぁほんとに子供の頃に兄からプロレス技の実験台にされたりしたことはネガティブな事なのかな?でも自分の性格なのかあまり悪いことは覚えていないようです。

しかし一番のポジティブな事は両親が僕が“音楽家への道”を進む事を認めてくれた事です。自分自身はただただ音楽が好きで…高校3年になったばかりの頃からプロのミュージシャンになりたいと思っていました。その中でも…なりたい職業が

“ベーシスト”

です。あの低音を出すギター、エレキベースを弾いたり、ジャズでお馴染みの4ビートをボンボンと刻むウッドベースを弾いたり、クラシックのオーケストラで弦楽器は全員座っているのに舞台の端っこで立って巨大なコントラバスをブンブン弾いている…そんな

“ベーシストという職業”

です。

今、自分は一応プロのベーシストとして活動を続けています。最初はロックに憧れてエレキベースを、そしてジャズを勉強して…ミュージカル業界に関わるようになってクラシカルな奏法を再勉強しました。プロになっても自分のやっている職種はバラエティに富んでいて

“これこそベーシストの仕事!”

などと一言で説明は出来ません。それを高校3年性の時に突然息子が言い出せば当然

“そんなわけのわからない職業、反対だ!”

となるのが普通だと思います。まぁ高校3年の時点ではいきなり“ベーシスト”が進路ではなく音楽学校への進学が当面の目標となるわけです。音楽学校、いわゆる音楽大学を目指したわけですが…サラリーマンの家庭にとってやはり馴染みが無い進学先だったと思います。学費も高いし…。両親は悩んだ末に音楽大学に進学した娘さんを持つ知人にアドバイスを求めに行ったそうです。これは相当後になってから聞いた話です。僕には内緒でアドバイスを聞きに行ってくれていたそうです。そこでプロの音楽家になっていた娘さん、ご両親から受けた説明は

「これから先は就職したって一生同じ会社に居られるとも限らない時代が来る。好きな事があるならそれは素晴らしい事だからぜひ続けさせた方が良い」

このような趣旨だったそうです。時代は1994年あたり。バブル経済崩壊後の事。悩んでくれた両親の気持ちを想像すると…本当に感謝しかありません。

今でも何が“ベーシストの仕事”なのかわかりませんし音楽家の仕事も多岐に渡っています。ライブ?コンサート?ミュージカル?何もかもが仕事ですし…ではどうやってそれらの仕事を得ているのか?本当に複雑で一言では言えません。そんな複雑怪奇な音楽業界に進む事を不安、心配を覆い隠しながら認めてくれた事…これが一番、家族がしてくれたポジティブな事だと思います。

感謝の言葉しかありません。本当にありがとう…!!


最後までお読みいただきありがとうございます。

普段はジャズのライブやミュージカルでベースの演奏を行なっています。趣味は料理、写真、動画撮影、将棋等々。音楽以外の事をブログに書いたりしています。webサイトには音楽活動全般を、ブログには日常生活のあれこれを載せている事が多いです。今後ともよろしくお願いいたします。そしていつの日かライブ会場でお会い出来ますように!

岸徹至(Tetsuyuki Kishi)

岸徹至のweb site→ベーシストの独り言

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